帰国後のオマンコ日記



2005年1月
心地良い日曜日の朝、こたつで暖を取りながらみかんを食べていると、
携帯電話が鳴った。見ると665015・・・んっ?タイからだ。
でもこんな番号見た事ないし、かけた記憶も無い。
私の携帯に電話してくるタイ人と言えば、ヌンとリンダのみ。
よって気持ち悪いと思い放置していると、10分後再び同じ番号から電話がある。

「誰だろう???」
頭が混乱する私。
この番号を教えた人なんて居ないよな・・・
いや?もしかしたらソープかバービアで遊んだ女に伝えたかな?
そう言えば一昨年パタヤのバービアで連れ出した性病持ちの女から家の電話に連絡を入れられ、
受話器を取った我が母親が半狂乱になった事もあったよな・・・
もしかしたらチェンマイ辺りで買った女に名刺を渡したかな?と不安になり、
今度は出てみる事にした。

「もしもし?」
「ハロ〜原田?」
「誰ですか?」
「ラスよ!」

アァ・・・コリャコリャアルニーの姉さんのラスか。
そう言えば前回コンケンに行った時、彼女に電話番号伝えたよな。
納得した私は彼女と会話をする。
「原田元気?今度いつタイに来る?」
「当分行かないよ」
「ナンデ?」
「金も暇も無い」
「金なんていくらも掛からないでしょ。日本人なのに!」
「もう歳だから、意味もなくタイに行くのは止めたんだ」
「あっそう。ところで私の店改装するの。でもお金が足りない。」
「それで?」
「原田お金少し貸してくれない?必ず返すから。2万バーツお願い」
「ゴメンね!今本当に金が無いんだ。じゃあね。」ガチャ!

タイ人に金を貸すのは差し上げるのと同じ。
ましてや少し金が入ると外食に出かけ酒を浴びるように飲むバカ夫婦に対し、
金を貸しても浪費するのみ。
毅然とした対応を取るのが正解です。


2005年1月
仕事から帰ると封書の手紙が届いていた。
タイから届けられていた宛先を見ると、ラヨーンに住むヌンからだった。
開けると丸々と太っている赤ちゃんの写真が入っていた。
心なしか私に似ていると思いゾッとした・・・

2005年2月9日
今日はリンダに仕送りする日。
以前は彼女が所有していたバンコク銀行の口座にお金を振り込んでいたが、
今は東京三菱銀行のカードをリンダに持たせており、
私は通帳を持って銀行に出向いている。この方法が一番イイかな?
バンコク銀行に振り込むには手数料が掛かり過ぎるし、時間も掛かる。
郵便局を利用する手もありますが、こちらも時間が掛かりすぎる。(2週間)

その点東京三菱銀行の国際キャッシュカードだと、
入金後1時間経過した位で引き出せるし、手数料は1回の引き出しにつき210円のみ。
極貧の私にとってはこれは助かる!

さて入金を終えると、普段ならその日のうちに電話があるのだが、
この日も夜8時過ぎに彼女から連絡があった。
「ハロ〜原田、今日はありがとうね!」
「いえいえ、少ない金額で申し訳御座いません・・・」

出来る事なら毎月3万バーツ位送ってあげたいのですが、
今の私には到底無理・・・
でもあと少しの我慢!春になれば必ず収入が増え、
生活が安定すると自分自身に言い聞かせて頑張っております!

その後は世間話。
先日タイでは選挙があったそうだが、リンダはタクシンの系列に投票したとの事。
ちなみにイサーンではタクシンは絶大な支持を受けており、
彼女の周辺ではほぼ全員タクシン系列に投票したそうだ。
まあタクシン程の行動力がある政治家なら当然と言えば当然か。
頑張って麻薬をタイ国内から撲滅させ、治安の安定を推進して貰いたい。
あと不良外国人の徹底排除もお願いしたい。

その他の話。
以前訪問した時、彼女にデジタルカメラをプレゼントしたんです。
近所のバッタ屋で買った1万円のオリンパス製。200万画素。
あまり価値の無いデジカメだが、田舎者にとっては大変貴重な商品らしく、
リンダは村人全員に見せびらかし喜んでくれました。

そんなデジカメを持ち近くの学校で行われた運動会に行ったリンダ。
当然一般群集に見せ付けるようにカメラを構えると、
デジカメを見たことが無い小学生・中学生が大集結し大騒ぎ!
それに気を良くした彼女は、意味もない写真を取りまくる・・・
プリント代は私が負担・・・嗚呼無常・・・

そして出来上がった写真を見ると、
中学生に囲まれモデルのようなポーズを取るリンダの姿に唖然。
お前は女王様か!と愕然としましたが、
以前は根暗だった彼女に絶えず笑顔を浮かべるようになったのでまあイイか。

それほどまで大切にしていたデジカメに異変が起きたのは私が帰国後すぐの事。
「原田!画像がロックされてしまい、消す事が出来ない!!」
そんな事言われても手元にカメラが無いので、対処の仕様がありません。
よって思考を巡らせた結果、
ウドンタニーで一番のデパートであるチャルンシ-コンプレックスの近くにあるカメラ屋に行く事を提案。
確かこの店にはオリンパス製のデジカメ(ストロボ付きで6900バーツ!高いね!)があったので、
ここの店員に言えば直してくれると思いました。

「原田、ロックは解除されたよ。エヘヘ・・・」
良かった良かった。でも使い過ぎには注意してね。
アルカリ電池は日本より高いから!

彼女との話が終わると、今度は姉のナイに代わる。
ナイは独身で27歳。イサーンでは見たことがない程の肥満体型で大酒飲み。
当然彼氏はいなく、多分処女。
そんなナイは私に会う度日本人の男を連れて来いと懇願される。
「原田!50歳でもハゲでもいいから、今度来る時知り合いを連れて来てね!」

こう言われても、該当者はいなくいつも悩む私。
思いつくとしたらナジーの兄貴くらいですが、
ナジー以上の強烈なアトピー性皮膚炎なので肌はボロボロ。
しかも超不細工。不細工な私が言うのだから、その程度は想像を超えるレベル。
またギャンブル依存症なので絶えず借金まみれ・・・武富士からは毎月電話がある・・・
多分兄はナジーと兄弟なので無類の巨乳が好きなはず。
よって巨漢のナイの事は気に入ってくれると思いますが、
金が無いのならナイは拒絶するのでやはり無理か。

イサーンはまだ寒いらしい。
朝晩は焚き火で暖をとると言う。
でももうすぐソンクラーン。暑い季節はすぐだ・・・
嗚呼タイに行きたいな・・・早く金が貯まらないかな・・・

2005年2月13日
明日はバレンタインデー。
日本では女が男にチョコを渡しますが、
タイでは男が女にプレゼントを上げる習慣になっています!?
当然私は日本においてチョコを貰う事はなし・・・
(今年は義理チョコもなさそうです)
ちなみに不細工同盟の会長ナジーも、ここ数年嫁以外からはチョコを貰ってないとの事。
良かった・・・近くに同士がいて・・・

そんなくだらない話はさておき、
ちょっと前からタイ人との結婚についてもっと詳しく書いてくれ!とのメールが来ていますので、
ここでは私が体験してきた事を簡単に書き記しておきます。

まずよく聞かれるのが結納金の話。
「俺はタダだったぞ!」
「ワシは100万バーツふんだくられた・・・」等、
人によっていろいろ話が違いますが、確かに状況・場所によってかなり違ってくるようです。
高学歴で金持ちの家の娘と結婚する場合、
それなりの金額を支払わなければならないことでしょう。

逆にバツ一女と結婚するのならば、そんなに払わなくてもよいと思います。
具体的に申しますと、私が以前付き合っていたパタヤの子持ち娼婦アルニーの場合、
私と別れたあとイギリス人男性と付き合い結婚し、
今ではイギリスで2人仲良く暮らしています。
この男性がアルニーの家族に支払ったのは5万バーツ。
以前パタヤで知り合った日本人男性もノンカイ出身のバツ一と結婚しており、
彼は結納金としてやはり5万バーツ支払ったそうです。

私の場合、相手が初婚だったと言う事で吹っ掛けられてしまい、
15万バーツ支払いました。
これらの話から考えてみると相手がイサーン出身の場合、
相場は5万バーツから20万バーツの間ではないでしょうか?
相手が大卒だともう少し高くなるかな??

ちなみにタイ人同士の結婚だと、高卒レベルでは3万から5万バーツが相場のようです。
コンケン大学卒で今はブロイラーの営業をしている友人ゴップだと、
6万バーツ支払うとか。(彼の給料は月9000バーツ。給料の割には頑張りました!)
ただこれはあくまでも私が知る範囲での話なので、
金持ち同士の場合や貧乏人同士の場合は知りません・・・

続いて結婚式の有無ですが、
田舎に行くほど結婚式を行う割合は高くなるようです。
でもどこかで見た統計を見ると、
意外に式を行わないカップルが多かったと記憶しております。
よって必ず必用ではないようですが、
出来たら式は行った方が良いですよ。
みんなに祝福される事で、非常に感慨深い思い出になると思いますからね。
ではまた機会があれば、いろんな話を報告させて頂きます。

2005年3月
来月はリンダの誕生日。24歳になる。
去年までは新婚とは思えないほど冷え切っていた私達の関係ですが、
昨年末からはお互い電話で連絡を取り合うようになり随分と修復された。

「原田!来月誕生日なの覚えてる?」
「覚えてるよ」
「プレゼント何か送ってくれる?」
「何が良い?」
「エヘヘ…携帯電話!ヽ(゚∀゚)ノ 」
「日本の携帯電話はタイでは使えないと言っただろ!(;゚Д゚) 」
「じゃあ服でイイ( ´∀`)」
「ハイハイ分かりましたよ(・∀・)」

早速近所のユニクロに行き、春物のシャツを2枚購入。
ジーパンも欲しいと言ってたけど、サイズが分からん…
タイで29のサイズって日本だとどうなんだろ?
それよりも自己申告の29ってのが怪しい…
出会った当初と比べれば明らかに太っているからね…
(でもムチムチの太ももが好きだったりして…)

結局ジーパンは買わず代わりに、
ぬいぐるみ・ブルボンの菓子・姉の子供に玩具・クレヨンそれとダイソーで買った電池を購入。
それらを段ボールに詰め郵便局へ。船便だと約1ヶ月で配達されるそうだ。
4月か…4月と言えばタイの正月であるソンクラーンの季節ですね。
ただ残念な事に過去10数回タイに訪問している私ですが、
この時期にタイに滞在していた事はありません。
一度水かけ合戦をしてみたいな…

2005年3月
1週間前変な電話が2回あった。
1回は非通知、もう1回は03からはじまる番号。
てっきりワンギリ業者だと思い無視していたけど、ちょっと気になる事があった。
「もしかしたらヌンからなのかな?」

実はタイから日本に電話を掛ける時、激安回線(008か007か009?詳しくは知りません)
を使うと変な表示がされたり非通知になったりするのです。
彼女とは2ヶ月以上連絡を取ってなかったので、もしかしたら何か用事があったのかな?
それとも問題でも起こったのかな?と考えると不安になり、
早速彼女の携帯に連絡を入れてみた。

「もしもしヌン?」
「原田なの?」
「そうだよ」
「原田何で電話出てくれないの?私何度も掛けたのに!」
「やっぱりヌンだったのね。何か?」
「ルーク(赤ちゃん)がマイサバーイ(体調が良くない)なの」
「病院に行った?」
「そんなお金がないから電話したのに…」
「どんな状態なの?」
「#$@*дЯ!」
(難しいタイ語なので分かりませんが、容態は良くない様子…」

「ねえ原田、赤ちゃんが可哀想だから病院代送ってくれない?」
「ゴメンネ…私も金が無いんだ…」
「そんな事言わないで助けてよ」
「ウ〜ン…」

金に余裕があれば直ぐにでも送金してあげるんだけど、
今の私は理不尽な借金を背をっており正直1万円の支出でも苦しい状態なんです。
ただ私が助けてあげなければ、赤ちゃんが死んでしまうかもしれない。
だって母1人子1人の彼女なので頼れる人がいないのも事実だし、
金が無いのもよく分かっている…

彼女の母親はゴム栽培の仕事に就いており、
ゴムの木の中にある掘っ立て小屋で暮らしている。
(日本で言えば農機具小屋)
半径300mは全てゴムの木に囲まれており、夕方以降は蚊の大群に襲われる恐ろしい地帯。
テレビはなし。冷蔵庫も勿論なし。
ちなみにその掘っ立て小屋から3km離れた所にはきれいな爺さんの家があるのですが、
同居はさせてもらえないそうなんです。
なぜなら爺さんの家に差し出せる金がないからだとか…

そんな母親を助け幸せにしてあげたいため、17歳の若さでパタヤにやって来たヌン。
しかし学歴がない彼女は普通に働くことが出来ず、
バービアに身を寄せ異国の男相手に股を開いてしまう。
そして正体不明の男の赤ちゃんを身ごもってしまった…

不幸を背負うために生まれてきたようなヌンに対し、
一度は結婚をして幸せにしてあげようと思った私。
そんな彼女を放っておけるほど冷酷な人間ではないので、
なけなしの3万円を自宅宛に送付してあげました。

でも本音で言うと、早く彼女には自立して貰いたい。
半年後には再びパタヤに戻りバービアかカラオケ屋で働くそうなので、
出来れば浮気をしない心がきれいな男性と出会って欲しい。
そして赤ちゃん共々健康な生活をして欲しいと願うばかりです。




とりあえず今回の更新でこのコーナーは終了とさせて頂きます。
またいつの日かタイにおける体験を報告できる日々が来ると信じながら
更新を終了させて頂きます。
約5年にわたりタイランド潜入オマンコ日記を拝読頂きまして、
大変有難うございました。

原田昭男




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